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いのちの満足

 宗教とは、「人間の力を超えた仏や神にすがって心の安らぎを得る教えである」と思っている人が多いですが、仏教は違います。仏教は外に救いを求める教えではありません。お釈迦さまは外に救いを求める道は「外道」であると否定されました。仏とは覚者(めざめた人)といわれるように、外に救いの道を求めるのではなく、自分の内に気づき・めざめを促す教えです。人間は誰しも、自我の根底にいのちの要求を抱いています。本当に生きたい、真実に生きたい、確かなものに遇いたいと、いのちの満足・いのちの充実を求めているのです。私たちはよく日常生活の中で、空しい・退屈だ・不安であるという気持ちが起こりますが、それはすべての人の中に真実なるものを求める心がうずいているのです。真実に生きたいと、いのち自身が要求しているのです。仏法に遇う、念仏に遇うということは、何か新しいものが外から付け加わって、私が大きく変えられるということではなくて、今まで空しく過ごして気づかずにいた私自身のいのちの要求にいま初めて気づかされた、私を促し続けていたいのちの願いにいま初めて遇うことが出来たということです。そして出遇ってみれば、もうそれを離れて生きれないし、出遇ってみればそれはつねに私を促し導き育て続け、私を真実の道へ歩ませてくださるのです。

at 15:40, 不死川 浄, -

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