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何故信じられないのか

 浄土真宗は阿弥陀如来の願いを聞く教えです。苦悩の有情を必ず救うという願いです。その願いが念仏となって私たちによびかけられています。願いが我が身に届いたことが信心ですが、「何十年聞いたが信じられない」「どれほど聞いてもわからん」という声を聞きます。何故信じられないのか、なぜわからないのか。それは自分の理性や分別で信じようとするからです。自分の頭でわかろうとするからわからないのです。自分でわかろうとする心がわからなくしているのです。仏の願いを聞くということは、少しも自力のハカライが入ったら聞こえないのです。疑いが晴れません。日本画家、東山魁夷氏の言葉に「私が花を美しいと捉えようとしている間は、まだ花の美に出会っていないのです。偉大な芸術家たちは、みなものの美に捉えられた人たちです。自分の我があったら本当に美しい絵は生まれないのです」とありました。花の美に我が破られるのです。同じように仏さまに我が破られ、仏さまの「そのまま救う」という願いが届いてくるのです。自力で聞こうとしている間は少しも聞いたことにならないのです。仏法を聞くということは、仏さまに自力では救われない我が身だと知らされ我が破れたとき、仏さまの願いが我が身に響いてくるのです。

at 18:04, 不死川 浄, -

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