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縁次第

 私たちは縁次第でいろいろな姿を見せています。縁次第でころころ変わっています。どれが本当の自分か? 私たちは『歎異抄』に「さるべき業縁がもよほさば如何なる振る舞いもすべし」とあるように、縁次第でどんな行動をするかわからない存在です。また私たちの命も縁次第でどうなるかわかりません。いつ、何処で、どんな死に方をするかも縁次第です。事故や病気で助かるか助からないかも縁次第です。たまたま発見が早かったとか、いい医者に巡り合ったとか、飛行機に乗れ遅れたので助かったとか、歩いていたら上から鉄パイプが落ちてきたとか、気を付けていても縁次第でどうなるかわかりません。私たちが縁次第でいろいろな姿を見せているのは、もともと実体(我)がないからです。実体がないからころころ変わるのです。本来は無我なのです。私たちの命も私の命ではありません。無量の縁によりいま「私」という存在があるのです。実体がないのに、実体があるかのように、「私」「私」と我を張って生きているのです。私たちは根無し草のような存在です。だから縁次第で揺らいで迷ってしまうのです。思い通りにならなかったとき慌てふためき苦しむのです。そして苦しみを無くそうと救いを求めています。しかし実体がないということが私たちの大きな苦しみの原因になっているのです。自分の思い通りにならないと言って苦しむということは、思い上がりのほかないのです。思い通りにならなかったとき大きく心が揺れ動く「私」とは何なのかと、その「私」を問うてみることです。

at 17:29, 不死川 浄, -

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