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すべての人の救い

 『観無量寿経』に阿闍世王が母である韋堤希夫人を殺害しようとした時、臣下である月光と耆婆が「母を殺すということは、これ旃陀羅なり」と諌めたとあります。親鸞聖人もご和讃に「耆婆・月光ねんごろに是旃陀羅とはじしめて・・・」と述べられています。旃陀羅とは、古代インドのカースト制度で四姓の身分外に置かれた最下層の身分をいい人間以下の存在として賎視してきました。この文言はどう見ても差別としかいいようがないです。それ故に削除や不拝読しようという意見もあります。しかし何故、平等の救い・すべての人を救うという仏法でこのような表現がなされたのであろうか。その意味を考えなければならない。差別ということの根深さを教えているように思います。私は第18願の「ただ五逆と誹謗正法を除く」の唯除の文言と同じ内容ではないかと思っています。すべての人を救うと言いながら除かれるのです。それは二つの罪の重きことを示して、十方衆生をもれなく救うと知らせてくださっています。私たちは日々仏に背き、気づかずに誹謗の罪を作っています。その私をも見捨てず必ず救うと誓っていられます。経典の中にも差別の表現があり、差別は本当に根深い問題です。そのことを示さんがためにも表現されているのではないかと思います。決して削除はしていけないと思います。この文言を通して差別の問題を学び、如来大悲のご恩を味あっていきたいです。

at 02:42, 不死川 浄, -

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