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煩悩あればこそ

 煩悩あればこそ、間違いなく救われるのです。いくら念仏を喜んでも、まだまだ娑婆には未練はあります。私も出来るなら80・90歳まで生きたいです。親鸞聖人も、「まだまだ娑婆は捨てがたく、安養の浄土は少しも恋しくない。それはどこまでも煩悩が盛んであるからです。しかし娑婆の縁尽きて、力なくして終わる時、必ず浄土へ参ることができるのです。阿弥陀さまは急いで浄土へ参りたき心なき煩悩具足の凡夫を必ず救うとはたらき続けてくださっているからです。それを思うにつけても、阿弥陀さまの大悲・大願はたのもしく、往生は間違いない」と教えてくださっています。煩悩あればこそ救われるのです。煩悩いっぱいの私たちを救うというところに、阿弥陀という仏さまが存在してくださっているのです。煩悩がなかったら救われないのです。私たちは死ぬまで煩悩いっぱいで、自我中心にしか生きれません。いつも仏さまに背いて生きています。その私たちを悲しみ、念仏となり「決して見捨てない、必ず救う」とよび続けてくださっているのです。「救われぬ身に、沁みわたる弥陀の声」「称えても、称えても、また称えても弥陀の声」です。

at 18:01, 不死川 浄, -

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