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いかに死を超えていくか

 いま厚生労働省では、もしものときに医療やケアーについてどうするかを前もって話し合っておくべきという「人生会議」を薦めていますが、いま一人暮らしの人が多く、誰とも話す人がいないという人が多いです。この現実の中で、如何に自分の死を迎えるか、そして死をどう超えていくかを、ひとり一人見つめていくことがとても大切なことです。仏教では「生死いづべき道」を教えています。安心して生き、安心して死んでいける道です。どうすれば安心して死んでいけるか。まず命の帰っていく処、人生の目的地を知ることです。そしてどんな時でも私を支え、導いているハタラキがあることに気づくのです。いつ、どこで、どんな死に方をするかわからない身です。縁次第でどうなるかわかりません。私たちの命は自分のものではありません。自分の命と思うから死が怖いのです。自分の意志で生まれたのではありません。自分の身体どれ一つ自分で作ったものはありません。寝ている時も心臓や肺や腸も動いています。動かしているものは何か。自分で歳を重ね老いていくのではありません。何もしなくても寝たきりになっても、歳を重ね老いていきます。一週間何も食べず飲まなかったら生きていけません。いま私を生かしているものは何かを知るべきです。無量の寿(いのち)、無量の縁によって生かされているいのちです。死ぬ縁が来たら、いま私を生かしている無量寿の世界へ帰らしてもらうのです。

at 02:13, 不死川 浄, -

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