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ついに死の勝利を得た

 今年の報恩講に岡山県の小児科医の駒沢勝先生をお招きしてお話をしていただきました。小児科医になって1000人ほどの子供の死に直面し、「死ぬ子は死んでいい、不治の病の子は不治の病のままで死んでいい」という世界を求めるようになった。それ以外に子供たちの立つ瀬がないからである。あるお母さんは、苦しみ苦しみの中で亡くなった我が子に「ついに死の勝利を得た」と叫ばれたそうです。長い苦しみから解放された言葉でしょう。それはお母さんの出産の苦しみから我が子の誕生に近いものです。人間はいつも欲望という色眼鏡をかけて「生が良くて死が悪い」「健康が良くて病気が悪い」という見方をしています。眼が見えるようになりたい、耳が聞こえるようになりたいという欲望があるから、眼が見えない耳が聞こえないことが悲惨に思えるのです。私たちは「これは嫌だ、こうあって欲しい」という欲望の色眼鏡をかけて物事を見ています。しかし阿弥陀さまは、「生が良くて死が悪い」「健康が良くて病気が悪い」という色眼鏡をかけていられません。阿弥陀さまは色眼鏡をかけずに、ありのまま物事を見られ、どんな状況になっても「そのままでいい」と支えてくださっています。色眼鏡をかけて生きている私たちは、いつも阿弥陀さまに背き、反逆して生きているのです。駒沢先生は「阿弥陀さまに反逆すること以外生きる道のない私が、「そのままでいい」と阿弥陀さまに支えられている。それが私の存在の基盤であり、真の救いです」と話されていました。

at 19:49, 不死川 浄, -

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