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無常・縁起・無我

 無常・縁起・無我は仏教の中心思想であり、この世の真理です。すべての存在、すべてのことがこのことに収まります。無常とは、常なるものは無く、すべて移り変わっていることです。縁起は、すべての存在、すべてのことは縁によって起こっていることです。無我とは、永遠に変わることのない実体なるものはないということです。すべての存在は、「色即是空」であり縁により起こって、実体はありませんし、移り変わっています。喜びも、悲しみも、苦しみも、腹の立つことも、自分が起こすのではなく、縁により起こるのです。無常であり、無我なのです。しかし人間は真理を正しく見ることが出来ないから苦しむのです。まず私自身を実体化し、自分のものと思っています。自分の命ではありません。ご縁により生まれ、育ち、死んでいくのです。無常であり、無我なる存在です。苦しみも、縁により起こり、無常であり、無我であり実体はありません。仏教とは、人々の苦の解決を目的としています。如何にして苦しみを乗り越えていくか、苦しみからの出口を教えています。出口が見つかれば楽になります。我を張り、我に執着していないか、すべてのことは移り変わっているのであり、変わらない実体はないのです。たとえば人間は必ず歳をとり、老い、不自由な身になっていきます。その事実を受け止め、その不自由な身の中で、どういのちが輝いてくのか、歳をとることが喜びとなる人生を歩むのです。パラリンピックの選手たち、最初、事故や病気で障害になられた時は相当苦しまれたことでしょう。しかし事実を受け止め、苦しみからの出口を見つけ、見事にいのちを輝かして生きぬいていられます。どんな状況になっても、いのちを輝かして生きていきましょう。

at 01:36, 不死川 浄, -

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