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縁ということ

 縁という言葉にはいろいろな意味があるが、仏教でいう縁とは縁起の縁であり、条件・出あい・関係性・相依性の意味があり、すべての存在は何一つとして独立した存在ではなく、時間的にも空間的にも互いに因となり縁となり互いにもちつもたれつの関係によって存在していることを教えています。人という字が教えているように、AがあるのはBがあるからで、BがあるのもAがあるからで、AもBもなければどちらも存在しません。またどんなに良いことをしたからといっても、良い結果になるとは限りません。そこにはいろいろな条件が入っています。何故そんな結果になったかを正しく知らねばなりません。仏教では「縁起がいい」とか「縁起が悪い」ということは言いません。良いことも悪いこともいただいたご縁です。それを受け止めるのです。「私」という存在は、すべてご縁によって存在しているのに、ご縁の前に「私」がいるから、良いご縁が欲しくて悪いご縁は欲しくないという身勝手な心が動くのです。いのちの事実を受け取ることが出来ないのです。生きていれば必ず苦しみに出会います。それもいただいたご縁です。そのいただいたご縁をどう受け止めるのか、どう乗り越えていくかが生きるということです。良いご縁だけ欲しくて悪いご縁は欲しくないと願っていれば、寂しい人生となります。

at 17:01, 不死川 浄, -

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