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真実かどうか

 真実に生きるとは、常に真実かどうかを問い続けて生きることです。「私は真実に生きている」と思っている人は、とてもヤッカイナ人です。自分という者を知らない人です。夏目漱石『こころ』の中に「平生はみな善人だ、しかし利害が絡むと人間の心はどう変わるかわからない」とあるように、人間の心は縁次第、状況次第でどう変わるかわかりません。どんなに大好きな人でも、裏切られると心はどう変わるかわかりません。あるお父さんの告白です。「息子が交通事故に遇い、病院へ急いでいくと瀕死の状態であった。医者の話によると、とても危ない状態です。もし仮に治ったとしてももとの状態には戻りません、とのことだった。しかし親として何としても助けて欲しい、治して欲しいと必死にお願いしました。一週間たっても意識は戻らなかった。看病で疲れてきたせいか私の心に、もし意識が戻ったとしてももとの状態には戻れないし、私たち老夫婦では看病もあまりできない。そう思うとこのまま逝ってくれた方がこの子にとって幸せではないかと。その夜、意識は戻らずそのまま亡くなったそうです。大事な大事な息子です。しかし私の都合が悪くなるとその息子さえこのまま逝ってくれた方が幸せでないかと願う、本当に身勝手な、恐ろしい私でした」と。人間の心は縁次第でどう変わるかわかりません。決して変わらない真実の心はありません。それ故にこそ決して変わらない真実なる仏さまを生きる支えとして生きることが仏教に生きることです。仏さまに導かれ、叱られ、育てられ、支えられていく人生です。

at 16:24, 不死川 浄, -

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