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余生という言葉

 定年後は余生という言葉をよく聞きますが、人生に余(あま)った生はない。余生という言葉は死語にしていいと思う。人生に余生はありません。年老いても一日一日を大事にしてほしいです。70歳にして初めて出会うこと、80歳にして気づくこと、90歳にしてわかることも有ります。人間は歳をとればとるほどいろいろなものを失ってきます。よく中高年は「失いざかり」と言われます。歯を失い、耳も聞こえにくくなり、眼も見えにくくなり、若さや体力も失い、家族をも失っていきます。それが老いるということです。しかし仏教の世界は死ぬまで「育ちざかり」なのです。仏さまに死ぬまで育てられるのです。仏さまのお育てに遇うのです。「歳をとることも喜びだ、今まで見えなかったことが少しづつ見えてくるから」といわれるように、いままで見えなかったことや気づかなかったことを知らされるのです。育てられるのです。老いていくことが円熟し、楽しめます。実際誰しも明日の命の保証もないのです。年老いても生かされている命を大切にし精一杯輝かして生きたいものです。

at 00:56, 不死川 浄, -

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