smtwtfs
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
profile
new entries
archives
recent comment
recent trackback
links
mobile
qrcode
others
無料ブログ作成サービス JUGEM
search this site.
<< よび覚ます | main | 私の悲しみを知る >>

煩悩とともに

 身を煩わし、心を悩ます煩悩は、浅ましいものです、恥ずかしいものです、悲しいものです。しかし私たちは煩悩が無くならないのです。どっぷり私たちに身についているから、煩悩具足の凡夫と言われています。縁次第で、怒りや愚痴や貪欲や思いあがりの煩悩が湧いてきます。不思議なことに私たちは煩悩一杯の凡夫であるにもかかわらず、なかなか自分の煩悩が見えないのです。他人の欠点はよく見えても、自分の欠点は見えないように、気づかないものです。それ故に仏さまが私たちの煩悩や悲しみを気づかせようとはたらいてくださっているのです。「仏法が届いている人と、届いていない人の違いは、私の悲しみが見えているかどうかである」「自分というものに光を当て気づかせてくださる、それ以外に宗教というものがあろうか」「煩悩具足の凡夫を救うことが仏さまの誓いです」。光なくして煩悩は見えないのです。そして煩悩があるから仏さまと出遇うことができるのです。煩悩は無くそうとしてはいけないのです。見えたらいいのです。無くそうとすればするほど苦しみ、もがくのです。煩悩とともに仏さまと歩むのです。もし煩悩が無くなれば、仏さまの用事は無くなるのです。仏さまと縁が切れるのです。仏さまはいつもこの煩悩にかかりあってくださっているから、仏さまに私の煩悩を見つめさせてもらって「はずかしい、おかげさま」と歩ませていただくのです。

at 01:54, 不死川 浄, -

comments(0), trackbacks(0), pookmark

comment









trackback
url:http://myokyoji.jugem.jp/trackback/888