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すでに救いあり

 すでに救いありです。救いはもう届いているのです。気づかないのです。救いはもう届いているから、どうしたら助かるのかを考えなくていいのです。よく聞いたら助かるのではないのです。もう救いが届いていることを聞くのです。私たちの救いは、阿弥陀如来が念仏になられたことによって成就しているのです。阿弥陀如来は、生死の苦海に久しく沈んでいる私のところに来て、「マカセヨ、必ず救う」「さあ早く弥陀の船に乗りなさい」とよび続けて下さっているのです。ただ「ハイ、ありがとう」と応えたらいいのです。何故「ハイ」と言えないのか。それは自分が生死の苦海に沈んでいることに気づいていないからです。『歎異抄』3条に「自力作善の人は、他力をたのむ心かけたる」とあるように、まだまだ自分を善人と思っている人には、弥陀のよび声が少しも聞こえてこないのです。まかそうとしないのです。しかし自力では到底救われない罪悪深重の凡夫であることに気づくと、「マカセヨ、必ず救う」という弥陀のよび声が我が身に沁みてくるのです。大峯顕先生は「私が助かる証拠は、阿弥陀さまが『必ずお前を助ける』と仰っているからです」と話されていました。

at 01:22, 不死川 浄, -

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