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念仏の救い

 念仏の救いとは、私が念仏を称えて救われるのではありません。いくら真心を込めて一生懸命に数多く称えても救われません。私が称えるのではなく、阿弥陀如来が念仏となり私たちの口から念仏を称えさせて救って下さるのです。念仏は私が称えるのではなく、阿弥陀さまが称えさせてくださるのです。念仏を称えるとは阿弥陀さまが私の口から出て下さるのです。だから救われるのです。念仏を称える主体は私ではなく阿弥陀さまなのです。念仏は、阿弥陀さまの説法であり、よび声であり、名のりであり、叫びです。どこまでも自己中心に生き、縁次第で喜んだり、悲しんだり、思い上がったり、落ち込んだりする私たちを決して見捨てず、どんな状況になっても私たちを必ず救うと念仏となり、私たちの口から称えさせてくださるのです。私自身、腹が立ったとき、悔しいとき、辛いとき、思い通りにならないときこそ、念仏が口から出て下さり、自分を取り戻させてくださっています。いくら仏法を喜んでいても、縁一つでその思いは消え、何を思い何をするかわかりません。これが現実の私です。その私の本性を見抜いていられるから、阿弥陀さまは念仏とならざるを得なかったのです。念仏を称えて願いが叶ったり、現実が変わるのではありません。そのままの私が安心できるのです。喜べるのです。生きる力となるのです。

at 01:44, 不死川 浄, -

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