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病気と薬

 ますます新型コロナウイルスが深刻化しています。一人ひとりが自覚を持ち感染予防に努めなければなりません。いま世界中の研究機関でコロナワクチンの開発に向けて必死になって取り組んでいることと思います。早く開発してほしいものです。仏教は苦の解決を目的としていますが、今は病人の治療と早くコロナの薬を開発し一刻も早く終結してほしいです。それと政治の力で仕事を失っている人に援助して欲しいです。ただ精神論かもしれないが、差別や非難をせず、お互い助け合い、苦を乗り越えていく力を身に着けてほしいです。念仏とは、煩悩具足の凡夫という病人を救うにはどうすればいいかと、阿弥陀如来が長い長い間必死になって苦しみ、やっとこれでしか救いの方法がないと念仏という薬を開発してくださったのです。念仏に遇えば苦に耐える力が身に付きます。念仏に遇ったからといって、病気が治ったり、お金が保証されたり、願いが叶うことはありません。ただ事実を受け止め冷静になれます。仏さまに育てられ心の余裕ができます。生きる力が身に付きます。念仏を支えとして、この困難に取り組んでいきたいと願っています。

at 02:02, 不死川 浄, -

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地球からの警鐘

 まさか新型コロナウイルスがこんなに世界中に拡大するとは。以前なら中国の風土病で終わったかもしれないが、ネットワークの広がりにより世界中に感染した。いま多くの国が非常事態宣言をしている。まさに戦争状態のようである。早く終結して普通の生活に戻ってほしいものです。ただ今回のパンデミック(世界的大流行)が予想外の影響をもたらしている。例えばイタリアの水の都といわれるベネチアでは運河を流れる水が澄んで見え、魚が泳ぐ姿も見れるようになり、ウイルスが美しさをもたらしてくれたそうである。これは観光客の出すごみが無くなり、また運河の交通量が減り、沈殿物がボートに巻き上げられなくなったためでそうです。きっといろいろな国や地域で海や川や空がきれいになり大気汚染が改善されていると思います。これは新型コロナウイルスは「地球からの警鐘」ではないか。いま地球は泣いています。悲鳴を上げています。ゴミの山、野や山、川や海、毎日汚染され続け、地球の仲間たちが消えていっています。温暖化により、海面上昇、洪水豪雨、熱中症、森林破壊、海洋生態系の損失といろいろ起こっています。これからの10年が地球と人類の未来を決めるといわれています。温暖化対策は、各国が自国の利益にこだわる発言が多く足の引っ張り合いで一向に進んでいない。今回のコロナウイルスは、私たちの生き方や社会のありようを根本的に見つめ直すことが余儀なくされています。きっとこれからもコロナウイルス以外に地球からいろいろな警鐘を鳴らしてくるでしょう。世界中の人々が、この警鐘を謙虚に受け止め、協力し合って生きていかねばならない。

at 19:08, 不死川 浄, -

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一寸先は闇

 人生何が起こるかわかりません。一寸先は闇です。甲子園の土を踏むことを夢見ていた高校球児、中止になり、さぞ無念であったことでしょう。また楽しみにしていた結婚式、旅行、イベントが中止や延期になり残念であったことでしょう。新型コロナウイルスだけでなく、いつどこで何が起こるかわかりません。地震、火事、事故、倒産、病気に、いつ出会うかわかりません。仏教とは、災難が来ないようにと祈る教えではありません。一生懸命祈ったからと言ってどうにかなるものではありません。誰しも災難に会いたくありません。しかしいつ会うかわかりません。人として生まれたからには生老病死から逃れることはできません。仏教は災難に会っても、それを受け止めて、乗り越えていく力を得ることを教えています。良寛さんのように「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候、これはこれ災難をのがるる妙法にて候」と達観できたらいいんですが、凡夫の私たちにはとても難しいです。その私たちに阿弥陀如来という仏さまは大きな悲しみの心から名の仏となり、名の中にすべての功徳をこめ、私たちの口から出てくださり、「いつも一緒です。どんな時もあなたを支えます」とよび続けてくださっています。絶望のどん底に大地ありです。

at 17:02, 不死川 浄, -

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光と影

 光なくして影は見えない。同じように光なくして煩悩は見えない。影は光によって知らされるように、私の煩悩は仏の光によって知らされるのです。それは煩悩があるから、仏のはたらきに気づくことでもあります。煩悩なくして仏に遇えないのです。煩悩は無くそうとしてはいけないのです。無くそうとしても無くなりません。見えたらいいのです。仏法を聞くということは、偉い人、立派な人になるのではない。逆に私の愚かさ、醜さ、恥ずかしさ、罪深さが知らされるのです。頭が下がる人に育てられるのです。偉そうにしている人はまだ仏法が届いていないのです。救われない我が身に気づかなければ、仏の慈悲は沁み込んではきません。仏の光の温もりに気づきません。光は闇を破ります。どんな深い闇でも、光が射し込めば闇は破れます。そして周りを照らし明るくします。光は分け隔てなくどこにでも平等に照らします。そして多くのいのちを育てます。いのちを輝かせます。また光は生きる方向を示してくれます。生きる足許を照らし進むべき道を示してくれます。仏法を聞くということは、仏の光のはたらきに底知れない私の煩悩が知らされるとともに、仏さまに育てられ、足許が照らされ、真実へ生きる方向が示されていくのです。仏さまとともに歩む人生です。

at 17:02, 不死川 浄, -

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手を離せ

 手を離せ、握っている、しがみついている手を離せ。離しても大丈夫。しっかりと受け止めてくれる方がいるから。「われにまかせよ」といつも呼んでる声がある。それが念仏です。手を離せば楽になります。安心して生きれます。そのままでいいのです。飾ることも、、力むこともなく、ごまかすこともなく、そのままでいいんです。ちょうど握った輪ゴムの手を離すのと同じです。手を離すと元の自然な形に戻ります。念仏を称えましょう。称えた私の口から仏さまが出てくださっているのです。仏さまが私の口から出て「そのままでいい」と呼びかけてくださっているのです。ビートルズの「レットイットビー」の歌詞にあるように、苦しいとき聖母マリアが、レットイットビー(そのままでいい)と呼びかけているように、阿弥陀仏が私たちの口から出て、「手を離せ」「そのままでいい」「いつも一緒だよ」「我にまかせ、必ず救う」とよび続けてくださっているのです。念仏を称えましょう。称名

at 18:55, 不死川 浄, -

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山川異域 風月同心

 今日の毎日新聞の「余録」にも書かれていたが、1300年前に長屋王が遣唐使に託し鑑真に贈った袈裟に「山川異域 風月同心 寄諸仏子 共結来縁」(場所は違っても心は通じ合える、この袈裟を僧に喜捨し、ともに来世で縁を結びましょう)と書かれた漢詩に鑑真が感銘し心を動かされ、日本に来ることを決意されたそうです。先日東京から新型肺炎に苦しむ湖北省に送られた支援物資に「山川異域風月同心」の文字が書かれSNSで広まり、中国の人たちを感動させたそうです。国は違っても心は通じ合えるものです。私も以前中国で大変世話になった友人から、「遠く離れ国は違っても、今同じ月を眺め照らされています。また会いましょう」というメールをもらいました。いま世界中で新型肺炎で苦しんでいます。いろいろな差別も生まれています。真理に、友情に、音楽に、鳥に、国境はありません。人間のエゴが国境や壁や垣根を作っているのです。国境や壁や垣根を越えて共に助け合っていかねばなりません。

at 17:59, 不死川 浄, -

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ライオンのおやつ

 先日車を運転しているとき、ラジオのスイッチを入れると本の紹介の番組をしておりました。その中で、小川糸著『ライオンのおやつ』という本がお薦めですという話を聞き、読んでみたいと思い、帰ってすぐにアマゾンに注文しました。翌日に届きすぐに読ませていただきました。33歳の海野雫という女性が末期がんを宣告され、残りの人生を穏やかな瀬戸内のレモン島と呼ばれている島の「ライオンの家」というホスピスで過ごし、そこでいろいろな人との出会いや体験を通して安らかに命を終えていく話でした。この世に生まれたからには、必ず死を迎えます。死をどのように迎えるかということを考えるに、とてもすぐれた作品でした。「ライオンの家」という名の由来は、百獣の王であるライオンは、敵に襲われる心配がなく安心して過ごしているように、何も怖れることなく安心して最期を迎えてほしいという願いから命名されたそうです。どう死を迎えるかは、今をどう生きるかです。安心して生きることにより、安心して死ぬことができる。生まれたということはローソクの火が付いたこと、火が消えることが死です。この火は風が吹けばいつ消えるかわからない。しかしローソクは命をすり減らしながら、他の誰かの光になっている、生きることは誰かの光になること。光になった人は死んでも光となって多くの人を照らすのです。この小説の登場人物がみな個性的で魅力的です。特に管理者であるマドンナ、いつも冷静で入居者を献身的にお世話をし的確なアドバイスを与えていました。私は作者の小川糸さんに実際に瀬戸内のレモンの島で「ライオンの家」を作ってもらい、そこでマドンナをやってもらいたいと思いました。きっと多くの人が殺到することでしょう。この本を読み終えて、またゆっくりと味あって読んでみたいと思いました。お薦めです。ぜひ読んでください。

at 18:02, 不死川 浄, -

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赤色赤光

 先日歌手の槇原敬之さんが覚醒剤取締法違反で逮捕されました。二度目の逮捕です。一度目は1999年に逮捕され、謹慎中に仏教との出会いを通して「世界に一つだけの花」という曲を作りました。お釈迦様の誕生にちなんだ「天上天下唯我独尊」からタイトルを考え、『阿弥陀経』の中にある「青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光」の言葉が歌詞の元になっていると語っていました。彼が作った歌詞を見ると仏教的要素がとても感じられます。今回の逮捕はとても残念です。人間というものの弱さと覚醒剤を止めることの難しさが知らされます。一度味を覚えたら、ほんのちょつとしたキッカケで手を出してしまう恐ろしさ、頭では悪いと思っていても、身が反応してしまうのです。でもこれで人生が終わったのではありません。また復帰してほしいです。今回の逮捕をご縁として、いのちを見つめ、人間を見つめ、生きる意味を見つめ、もっともっといい曲を作って欲しいです。

at 18:57, 不死川 浄, -

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人間とは

 人間とは、「まず自分があって」という自分中心の見方・考え方をしています。それ故にいのちの事実を見失っているのです。ご縁によっていま私が生かされているのに、ご縁の前にまず私があって、私がご縁によって生かされていると思っています。だから良い縁が欲しくて、悪いご縁は欲しくないのです。良いことも悪いこともご縁であり、いただきものであり、受け止めなければいけないのに、自分の都合の良いことだけを喜び、都合の悪いことは喜べないのです。本当に身勝手なものです。自分にとって好ましい、意味のあるものだけを認め、自分にとって意味のない、嫌なものは切り捨てていないでしょうか。いまそういう事件がとても多いです。私たちの命も、長い長い過去の命の歴史を受け継いでいま生かされています。また多くの命をいただき、多くの命に支えられ生かされています。しかしそのいのちの事実を見失い、「まず私があって」という立場に立ち、より快適に、合理的に生き、人と比べ、勝った負けた、損か得か、上か下かという生き方をしています。いのちはつながりの中でしかないのです。縁によって私があるのであり、私が縁によってあるのではないのです。自分にとって不都合なことの中に学ぶことも多いです。いまこんなにも多くのいのちのつながりの中で自分の人生が支えらえているんだということに気づいていくことが大切なことではないでしょうか。

at 18:39, 不死川 浄, -

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人間の原罪

 原罪というと『聖書』の中でアダムとイブが、決して食べてはいけないといわれていた「善悪の知恵の木の実」を食べたことで、何が善か悪かを自分で決めるという「自らを神」とする神への反逆の罪であり、その罪は子孫である人類全体が継承していると教えられています。原罪とは、もともと人間では誰でもが持っている罪への傾向性であり、『聖書』の中でとても秀でた「エデンの園の物語」として説いています。仏教でいうならば、原罪とは自我です。自我の芽生えより「真理に背いて生きる」ようになります。命を自分の所有物と思うようになり、我が身がいちばん可愛くなり、どこまでも自我中心に生きることになります。苦しみとは、自我が思うようにならないことをいいます。仏教は自我の壁を破り、広い大きな世界に出ることを教えています。 キリスト教では決して自力では救われないと教えています。神からの福音・恵みに同意することにより、神への罪から解放されるのです。自我も死ぬまでなくなりません。自力で自我の壁を破ることができないので、阿弥陀如来が念仏となり、自我の壁を破ってくださるのです。    

at 00:46, 不死川 浄, -

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